2013年08月09日

第24番札所 雨引観音


坂東三十三ヶ所 第24番札所 雨引観音





雨引山 (あまびきさん)  楽法寺 (らくほうじ)      通称 雨引観音

〔所在地〕 (常陸国)  茨城県桜川市本木1

〔宗派〕 真言宗豊山派

〔開基〕 法輪独守居士 (ほうりんどくしゅこじ)

〔創建〕 用明天皇2年 (587)

〔御本尊〕 延命観世音菩薩

〔御真言〕 おん あろりきゃ そわか





〔略縁起〕 『縁起』によれば用明天皇(587)の時、中国より渡来した法輪独守居士によって開創され、推古天皇の御平癒を祈って効験あり、勅願寺となったとされる。
 光明皇后の御産(730)のみぎり、皇后は遥かに当山に安産を祈らせられて「法華経」を書写してご奉納になられた。 その効験があって安産なされたので、三重塔を寄進された。
 弘仁12年(821)、常陸国の大旱魃の折、嵯峨天皇は法華経を書写して納め給い、当山の観音さまに降雨を祈られたところ、三日にわたって満天下に雨が降ったという。 これより「天彦山」の山号を「雨引山」に改めたといわれる。 建長4年(1252)、宗尊親王が諸堂を建立、北條時頼はお前立ち本尊を納めている。 建武2年(1335)足利尊氏は祈願所に指定した。 慶長七年(一六〇二)徳川家康は、当寺に寺領百五十石を寄せ、寺格十万石を与え、寺観を整えた。
 現在の本堂は天和2年(1682)の建立。 入母屋造、本瓦葺の建築で尾垂木や肘木の龍、木鼻の獏、手挟の牡丹、正面左右の窓にはめ込まれた地獄極楽図など、数多くの極彩色彫刻が印象的である。


御本尊の御影




御住職の法話

   延命長寿を授ける延命観音さま     雨引山楽法寺前貫首 川田聖定

 当山延命観世音菩薩は、今から一千三百余年前の用明天皇二年、梁の人法輪独守居士が請来した仏像であり、特に人の寿命をお守り申し上げることをご誓願とせられる、霊験あらたかな尊い観世音菩薩であります。
 ゆえに当山観世音菩薩を信仰し、日々観世音菩薩のご真言をお唱え申し、至心に祈念する時は、延命観世音菩薩の加持カをこうむることを得て、無病息災にして天寿を全うすることができるといわれているのであります。
 当山にご参詣のお方は必ず仁王門前の百四十五枚の大石段をお登りになりますが、この石段は俗に〝厄除け長命の石段〟といわれ、ご真言を唱えながらこの石段を登ることにより、長命できると信ぜられております。
 幾百年の長きにわたり、人々の足によってすり減って丸くなった花崗岩の石段の一つ一つに、ご利益の探遠さと延命長寿を祈念した人々の信仰の跡を感ずるものがあります。
-『板東三十三所観音巡礼』から-





納経帳

     〔御墨書〕    「常陸国」
               「延命観世音」
               「雨引山」

     〔御朱印〕    「坂東二十四番」
               「蓮華火焔宝珠に三宝珠」
               「常州  楽法寺  雨引」





観世音菩薩の種子「サ」




         へだてなき  誓をたれも  仰ぐべし
                             佛の道に  雨引の寺




この記事へのトラックバックURL

http://manyuuki.mediacat-blog.jp/t92940