2012年01月20日

第4番 槇尾寺


西国三十三ヶ所 第4番札所 施福寺




槇尾山 (まきのおさん)  施福寺 (せふくじ)     通称 槇尾寺 (まきのおでら)

〔所在地〕 (和泉國) 大阪府和泉市槙尾山町136

〔宗派〕 天台宗

〔開基〕 行満上人 (ぎょうまんしょうにん)

〔創建〕 欽明天皇時代 (539~571)

〔御本尊〕 弥勒菩薩 (本堂本尊)
       十一面千手千眼観世音菩薩 (西国札所本尊)

〔御真言〕 おん まいたれいや そわか (弥勒菩薩)
       おん ばざら だるま きりく そわか (千手観音)

〔略縁起〕 当山は第29代欽明天皇の勅願によって、行満上人が丈六の弥勒像を本尊として開創したという。 仏教公伝538年頃の創建で日本有数の古い寺。 役の小角、行基菩薩等の山岳修行の道場であり、弘法大師空海が勤操大徳について出家得度した寺と有名。 槇尾(巻の尾)とは役の行者が法華経を峯々に納めて、最後に当山に納経したので山号となった。
 本堂は弘化2年(1845)の焼失後、安政年間(1854~1860)に復興されたものである。 本尊は弥勒菩薩、両脇に千手観音と文殊菩薩を安置し、このうち千手観音が西国三十三箇所の札所本尊となっている。
 西国札所巡礼の中興者とされる花山法皇を馬が道案内をしたと伝えられており、本尊と背中合わせの後堂(本堂の裏側)には馬頭観音が安置されている。
 空海が得度して剃髪したとされる愛染堂や、その毛髪を祀るとされる弘法大師御髪堂がある。


山門 (仁王門)



 愛染堂(弘法大師御剃髪所)       弘法大師御髪堂           満願弁財天






御本尊 (秘仏)   十一面千手観音立像

木造  江戸時代
施福寺の千手観音は、当初は縁起のとおり法海上人時代に造像がなされたと推測され、日本における十一面観音像の初期例であったにちがいない。
 残念ながら当初の像は焼失し、現本尊は江戸時代(元禄期か)に再興されたものである。






納経帳

 〔御墨書〕  「奉拝」
         「大悲殿」
         「施福寺」

 〔御朱印〕  「西國第四番」
         「佛法僧寶」
         二重輪紋に「薬」


 宝印は斜めになっているが、「佛・法・僧・寶」と読める。
 寺印に「薬」の一文字。 山号・寺号にもない「薬」の文字が用いられている。
 納経所の説明では、その昔、この寺では「薬」を取り扱っていた。
 『薬施院』とも云うとのこと。 院号からとったものなのであろう。



千手観音の種子「キリク」





         深山路や 檜原松原 わけゆけば
                          巻の尾寺に 駒ぞいさめる




この記事へのトラックバックURL

http://manyuuki.mediacat-blog.jp/t74969